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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1390号 判決

控訴人 土井芳夫

訴訟代理人弁護士 大河内躬恒

被控訴人 巣鴨信用金庫

代表者代表理事 田村冨美夫

訴訟代理人弁護士 丹羽健介

同 佐藤米生

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金三三三万四三〇〇円及びこれに対する昭和五七年一一月一七日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

第二双方の主張

一  請求原因

1  訴外有限会社ヤマ商行(以下「ヤマ商行」という。)は、同社振出の原判決別紙差押債権目録掲記の約束手形二通(金額計三三三万四三〇〇円)について、昭和五七年七月三〇日支払銀行である被控訴人に手形事故届を提出し、翌三一日右手形についての不渡報告への掲載又は取引停止処分を免れるため同人に対し、東京手形交換所への異議申立書の提出を依頼するとともに、右手形金相当額の金員を異議申立提供金に充てる資金として預託した(本件預託金)。被控訴人は、ヤマ商行の右依頼に応じ同年八月二日手形交換所に異議申立書を提出し、異議申立提供金を交付した。

2  控訴人は、昭和五七年一一月一日東京地方裁判所に対し、控訴人を債権者、ヤマ商行を債務者、被控訴人を第三債務者として、本件預託金返還請求権を目的とする債権差押転付命令を申立て(同裁判所昭和五七年(ル)第三五五四号)、同裁判所は同月五日同命令を発し、その正本は、同六日第三債務者に、同九日債務者に各送達された。

3  東京手形交換所規則六七条一項一号によると、不渡事故が解消し、持出銀行から交換所に不渡事故解消届が提出された場合には、異議申立提供金は支払銀行の請求あり次第交換所から同行に返還される旨定められているところ、同規則施行細則八〇条によると、「不渡事故にかかる手形債権に関し当該異議申立提供金のための預託金の返還請求権を目的とする転付命令により事故が解消した場合」も規則六七条にいう不渡事故が解消した場合に含まれるのである。

そして、右のように不渡事故が解消し、異議申立提供金が手形交換所から支払銀行に返還されるべきときは、異議申立提供金のための預託金についてもその返還事由が発生しその返還請求権の履行期が到来すると解すべきところ、前述のように本件預託金返還請求権については、本件手形債権に基づき転付命令が発せられ、本件手形に関する手形の不渡事故は解消され、持出銀行である訴外太陽神戸銀行浦和支店は昭和五八年五月二三日東京手形交換所に不渡事故解消届を提出しているのであるから、本件預託金返還請求権の履行期は到来しているというべきである。よって、控訴人は被控訴人に対してその支払を求める。

4  仮に右転付命令が無効であり、右主張が認められないとしても、前述のように差押命令が発せられている場合は、転付命令が発せられた場合と同様前記規則六七条一号、同施行細則八〇条による不渡事故解消事由に該当すると解すべきであるから、同様に本件預託金返還請求権の返還事由は発生し、履行期は到来しているというべきである。

5  仮に右主張が認められないとしても、次のとおり主張する。

手形交換所規則六七条一項三号によると、支払銀行から不渡報告への掲載又は取引停止処分を受けることをやむを得ないものとして交換所に異議申立の取下請求があった場合には異議申立提供金は返還されることとなっている。すなわち、手形債務者は、支払銀行に預託金を預託し、交換所に異議申立書を提出してもらった後においても、いつでも手形不渡による不利益処分を甘受することとして、支払銀行に対し、異議申立の取下を求めるとともに預託金の返還を求めうるのであり、右預託金返還請求権を差押えた手形債権者は手形債務者の有する右権限を行使出来るというべきである。したがって、本件において、手形債務者であるヤマ商行の本件預託金返還請求権を差押えた控訴人が右返還を請求した場合には右規則六七条一項三号による異議申立提供金の返還事由が生じ、本件預託金返還請求権の履行期も到来する。

二  請求原因についての認否と被控訴人の主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

同3の主張中東京手形交換所規則六七条一項一号、同規則施行細則八〇条がその主張のような規定であること、その主張の持出銀行が、主張の日に不渡事故解消届を提出したことは認めるがその余は争う。本件預託金は、前記規則六七条所定の不渡事故解消事由が生じ、異議申立提供金が手形交換所から被控訴人に返還された後にヤマ商行に返還されることとなっているのであり、未だその履行期は到来していない。

同4の主張は争う。

同5の主張中同規則六七条三号にその主張のような定めのあることは認めるが、その余は争う。

2  本件預託金返還請求権については、昭和五七年九月一六日債権者を訴外協和建物有限会社、債務者をヤマ商行、第三債務者を被控訴人とする東京地方裁判所昭和五七年(ル)第二九六九号債権差押命令が発せられ、その正本は同月一七日被控訴人に送達された。したがって、その後に右預託金返還請求権につきなされた本件転付命令は無効であるから、右転付命令の発付は規則六七条1号、同細則八〇条にいう不渡事故の解消事由にはなりえない。そのため、太陽神戸銀行は、先に手形交換所に提出した不渡事故届を昭和五八年五月三〇日取下げたのである。

三  被控訴人の主張についての控訴人の認否

本件預託金返還請求権について被控訴人主張の日時に、その主張のような差押命令が発せられ、その正本が送達されたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  ヤマ商行が、昭和五七年七月三一日同社振出の本件約束手形につき、不渡報告への掲載又は取引停止処分を免れるため、支払銀行である被控訴人に対し、右手形金額相当の本件預託金を預託して東京手形交換所への異議申立書の提出を依頼したこと、同年八月二日被控訴人が同交換所に対し同額の異議申立提供金を提供して異議申立書を提出したことは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、本件預託金について、ヤマ商行と被控訴人との間で、同人が東京手形交換所から異議申立提供金の返還を受けた後に返還する旨合意されていることが認められるところ、本件預託金は、その性質上手形交換所から被控訴人に対し異議申立提供金が返還される事由が生ずるまでは被控訴人において保有されるべき金員であり、右返還事由が生じたときにはじめて、本件預託金の被控訴人からヤマ商行への返還事由も生じ、その返還請求権の履行期も到来するというべきである。

三  ところで、東京手形交換所規則六七条一項一号に「不渡事故が解消し、持出銀行から交換所に不渡事故解消届が提出された場合」には、異議申立提供金は請求あり次第支払銀行に返還される旨規定されていること、同施行細則八〇条に「当該手形債権に関し、当該異議申立提供金のための預託金の返還請求権を目的とする転付命令により事故が解消した場合」も不渡事故が解消した場合に含まれると定められ、実務上そのとおりの取扱いがなされていることは、当事者間に争いがない。

そして、控訴人が、本件手形債権者として、昭和五七年一一月一日東京地方裁判所に対し、ヤマ商行を債務者、被控訴人を第三債務者として、本件預託金返還請求権を目的とする債権差押転付命令を申立て、同月五日同命令が発せられ、その正本が、同月六日第三債務者に、同九日債務者に各送達されたこと、持出銀行である訴外太陽神戸銀行浦和支店が昭和五八年五月二三日東京手形交換所に不渡事故解消届を提出したことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、一見、不渡事故解消事由が生じ、本件異議申立提供金の返還事由も生じ、本件預託金返還請求権の返還事由も生じ、その履行期も到来したかのようである。

しかし、一方、前記転付命令の発せられる以前である昭和五七年九月一六日東京地方裁判所において本件預託金返還請求権につき債権者を訴外協和建物有限会社、債務者をヤマ商行、第三債務者を被控訴人とする差押命令が発せられ、その正本が同月一七日被控訴人に送達されたことが当事者間に争いないのであり、控訴人の取得した本件転付命令は、すでに他から差押えられていた本件預託金返還請求権を目的としてなされた無効のものであり、従って右転付命令の発付があっても、前記規則六七条一項一号、同細則八〇条の不渡事故解消、異議申立提供金返還事由が生じたものということの出来ないことは明らかであるといわなければならない。そして《証拠省略》によると、そのため、太陽神戸銀行浦和支店は、昭和五八年五月三〇日東京手形交換所に対し、さきに提出した不渡事故解消届を取下げ(撤回)したことか認められる。

右のとおりであるから、本件異議申立提供金について東京手形交換所から被控訴人への同所規則六七条一項一号所定の返還事由は生じておらず、したがって本件預託金返還請求権についての返還事由も生ぜず、履行期も到来していないといわざるをえず、控訴人の主張は採用することが出来ない。

四  次に控訴人は、転付命令が無効であっても、差押えは有効であり、差押えも、前記規則六七条一項一号、同細則八〇条の不渡事故解消事由に当たる旨主張する。

しかし、不渡手形の手形債権者が異議申立提供金のための預託金返還請求権につき転付命令を得た場合に不渡事故が解消するとされるのは、右転付命令により預託金返還請求権が手形債権者に帰属し、右手形の支払を受けたのと同一状態となるためであるから、これと異なり単なる取立権の付与である差押命令を転付命令と同視することは到底出来ないのであり、控訴人の右主張も失当である。

五  次に、控訴人は、手形債務者は、不渡による不利益処分を甘受することとして、いつでも異議申立提供金のための委託金の返還を支払銀行に求めうるところ、右委託金返還請求権を差押えた手形債権者にもその権能がある旨主張する。

手形債務者が、控訴人の右に主張するような権限ないし選択の自由を有することは明らかである。しかし、右預託金返還請求権を差押えた手形債権者である控訴人は、これを取立てる権限、被控訴人にその支払を求める権限を取得するにとどまり、更に進んで手形債務者が有している右のような権限ないし自由、すなわち、被控訴人に対し不渡による不利益処分を甘受して手形交換所に対する異議申立取下を依頼すること等をする権限までをも取得するものではないといわなければならない。そうすると、控訴人が被控訴人に本件委託金の返還を求めたからといって、前記規則六七条一項三号の異議申立提供金返還事由が生ずると解する余地はないのであり、控訴人の右主張も失当である。

なお、《証拠省略》によると、ヤマ商行と被控訴人との間で、ヤマ商行が被控訴人の承諾を得ないで本件預託金返還請求権を他に譲渡、質入等の処分をしたときは、被控訴人においてヤマ商行の指示に基づかず任意に異議申立の取下をすることが出来る旨特約されていることが認められるが、このことは、なんら右判断を左右しない。

六  以上のとおりであるから、控訴人の主張は、いずれも採用し難く、本訴請求は失当として排斥を免れない。

よって、右と同一の結論に出た原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 内田恒久 藤浦照生)

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